鯨を飲む

くうねるところ のむところ

2019年に読んだ本のこと

f:id:kurolabeloishii:20191226102901j:image

今年はここ数年の中でも、結構本を読んだ年だったように思う。学術書ばかりではなく、娯楽としての読み物にも恵まれていた。だから多くのものに出逢えたし、そのどれもがかけがえのないものだし、本棚はまた増築しなければならない。

せっかくインターネットをしているので、今年読んだ中で特に読後感のよかったもの(後味がいいとか悪いとかではなく、満足感の話)を10作選んでみることにした。正確には絞りきれなくて11個のピックアップになってしまったのだけれど。いずれにしても私によいものをもたらしてくれたものばかりだ。

 

プシュケの涙 (メディアワークス文庫)

プシュケの涙 (メディアワークス文庫)

 

これは外せないだろう。あなたの小説を読んだとき、この作品を思い出したのだと言って教えて貰ったのがこれだ。全3部作+1作のシリーズ構成。飛び降りた女子生徒、残された一枚の絵、真相を暴こうとする男子生徒、鮮烈な夏の陽射し、茹だる空気、滲む汗、傷、痛み、喪失、後悔、追憶。けっして塞がることのない穴を抱えたまま、それさえ抱いて生きてゆく人間の、果てしない孤独。結局のところ私のことは私にしか救えないのだという、孤独。途方もない祈りの物語だと、改めて思う。空いた穴を無理に埋めずとも、私たちは生きてゆける。

注文の多い注文書 (ちくま文庫)

注文の多い注文書 (ちくま文庫)

 

クリエイターとクリエイターの殴り合いに巻き込まれる読者(私たち)。「注文書」「納品書」「受領書」と両者によるリレー形式で進んでいく展開があまりにうつくしく、秀逸。 川端康成サリンジャー村上春樹など実在する5つの空想に登場する「人体欠視症治療薬」「バナナフィッシュの耳石」「貧乏な叔母さん」「肺に咲く睡蓮」「冥土の落丁」といった《この世にないもの》の注文に対して《ないはずのものを見つけ、届ける》作品。依頼に対し納品されるアイテムの数々の写真も見応えがあってうつくしく、心ときめく。ドーパミンがダバダバでる。

天地明察

天地明察

 

渋川春海の挑戦の物語。読みながら「面白い!」と唸って、読み終えてからも「面白い!」とただただ唸った。堅苦しさは微塵もない、良質なエンターテイメント。歴史物はすきな方だけれど最近はご無沙汰で、「暦」「囲碁」というキーワードにも興味津々というわけではない。なのにこんなにも面白い。人間と、人間同士の関係性を魅せる力が尋常ではなくて、読むたび元気になる。そして無性に泣きたくなる。専門的な知識がなくとも難なく読める上に情報が整理されていて、頭がこんがらがることなく目の前のエンタメに集中できるところが秀逸さの所以でもあると思う。

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

 

今年読んだ中で最も印象的且つ読み応えのあった本。アカデミックなデータ(ここでは質的調査としてのインタビュー)を使いながら、ここ30年間ほどのアメリカにおける階級格差を追っており、限りなく読み物としてわかりやすく、文体も読みやすい。何より「何者か」を「悪者」として扱わない姿勢が非常に良かった。問題を指摘する際、私たちは大抵どちらかに偏りがちになってしまうから。バランス力に長けていて、終始フラットな視点がブレない一冊。

月とコーヒー (文芸書)

月とコーヒー (文芸書)

 

心をおだやかな場所へ置いておける一冊。まろやかで、ささやかな短編集。派手とは言えないような物語群が、寒い日に浸かるお湯のように心地よい。私はとくに後書きのこの箇所がすきで、ここにこの本のすべてが込められているように思う。

おそらく、この星で生きていくために必要なのは「月とコーヒー」ではなく「太陽とパン」の方なのでしょうが、この世から月とコーヒーがなくなってしまったら、なんと味気なくつまらないことでしょう。生きていくために必要なものではないかもしれないけれど、日常を繰り返していくためになくてはならないもの、そうしたものが、皆、それぞれあるように思います。

若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義

若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義

  • 作者:若松 英輔
  • 出版社/メーカー: ナナロク社
  • 発売日: 2015/11/27
  • メディア: 単行本
 

カバー買いをした一冊。カバーのデザインが複数あって、その中から自分の好いたものを選べるというのがまず良い。本棚の一角が、一層特別になるような気がするからだ。とても丁寧なつくりをしていて、多くの詩や、書籍も紹介されている。逃れようのない悲しみや、喪失の果てに、いかにして人間は生きてゆけるのか。悲しみや、孤独を、静かな心持ちでいとおしむことができるか。かつて「かなし」を「悲し」と書く一方で「愛し」「美し」とすら書いた私たち。これはかなしみとの対話だ。

とるにたらないものもの (集英社文庫)

とるにたらないものもの (集英社文庫)

 

もっぱら入浴時のお供だった一冊。筆者にとっての欠かせないもの、気になるもの、愛おしいもの、忘れられないものが順番にあげられていて、読むと胸がきゅーんとする。同時に、良質なノスタルジーも押し寄せてくる。肩の力がすとんと抜けてゆくのが感じられて、気づけば微笑みが戻ってきている。読みながら、私がものを壊したり、傷つけたりしても一切叱らなかった母のことを思い出す。「形あるものはいつか必ず壊れるのだから」と言った母。今なお私の中で生きている教え。この本は、本棚の上の方の段の一番端っこに置いている。慎ましく涼しそうなところが似合うような気がして。

スキップとローファー(1) (アフタヌーンコミックス)

スキップとローファー(1) (アフタヌーンコミックス)

 

頬の筋肉がふにゃんふにゃんになる。少し読んだだけで「あ、これは私の好みだ」とわかってしまった。石川県のはしっこから東京へやって来た女子高校生が、様々な人々と触れ合い、何かを感じたり、何かを与えたり、与えられたりする。主人公「みうみちゃん」の持つ無添加の優しさに、クスッと笑いがこぼれる。随所に散りばめられた暖かな笑い。彼女を取り巻くクラスメイトたちの可愛さたるや。そして志摩くん(みうみと仲良くなる男子生徒。顔が良い)の味わい深さよ。2巻ではウワーーーッ!と転げ回った。志摩くん……!

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

 

両親を事故で亡くした子犬みたいな少女と、叔母(母の妹)である作家とが暮らす日々の話。多感な少女と人見知りの作家の同居は、噛み合いそうでうまく噛み合わないが、やきもきせず落ち着いて見ていられる。それは1話目に2年後のふたりの姿が描かれているからで、私たちは彼女たちがどうやってここまで来たのかという道のりを見守っているからに過ぎない。終着点(これからもふたりの人生は続いてゆくのだから、正確には『通過点』)がある程度わかっているからこその、安心感。

幼かった頃についた傷のかさぶたが剥がれることのないように、そっと上から掌で覆ってくれるような、何かを許されたような、そんな作品だ。私たちは皆、別々の孤独をかかえた、別々の生き物だ。

あなたは 15歳の子供は

こんな醜悪な場にふさわしくない

少なくとも私は それを知っている

もっと美しいものを 受けるに値する

ドーパミンアドレナリンドバドバ漫画。目には視えない『音』に形があるのならこんな感じだったらいいのに、と思わされてしまう。生々しい挫折、綺麗事では成り立たないリアリティと、創作物としてのカタルシスとのバランスがとにかく素晴らしい。そしてなんと言っても見開きが格好良い。文字通り血反吐を吐いて、足掻いて、もがいて、躓いて、転がって、たまに笑って、また足掻いて、血反吐を吐いて。泥だらけ血だらけになりながらも立ち上がる人間の姿、心惹かれないわけがない。

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンコミックス)

ブルーピリオド(1) (アフタヌーンコミックス)

 

私にとって絵を描くひとというのは、それはそれは遠くにいて、何なら羨ましくもある存在…だった。かつての話だ。本音を言うと今でも本当に眩く思っている。これはそんな人間たちの挑戦を描いている。モノクロなのに鮮烈な色彩を帯びた作品。絵を描くということは世界を理解するということ。自分と、他者と、世界から目を逸らさないこと。そこにある孤独と幸福。絵を描かない私にすら、身に覚えのある感情がたくさんあるのに、絵を描く人間が読んだらどうなってしまうのかと考えると、悔しいような気持ちにもなる。それでも絵を描く人間のためだけのものではないこの作品は、やっぱり鮮やかなのだ。

 

書いているとあの本もこの本も…!とキリがなくて困ってしまった。ミステリも、エッセイも、詩集も、写真集も、辞典も、コラムも、恋の話も、愛の話も、別れの話も、ごはんの話も、新書も。でも本当にキリがないのでこのあたりで。私の周りには本について語れるひとがなかなかいなくて、だからインターネットがあって嬉しく思っている。

来年も叶うならよき本にたくさん出逢えますように。私の中から言葉が消えることがありませんように。言葉と共に生きてゆけますように。