鯨を飲む

くうねるところ のむところ

髪を染めた日、赤い靴、平らな光

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部屋に飾っている植物の鉢植えが欠けたので、新しいものを見繕っている最中だった。レジ近くの売り場にクリスマスカードが置かれているのが目に留まる。ふたりして顔を見合わせるようにしてから、お互いへ贈るカードをここで買って帰ろうということになった。ネタバレ厳禁ということで先に私がカードを選んだ。別の売り場に避難していた妹に声をかけると、今度は彼女がカードを選ぶ。その間、私は別の売り場のさして興味もない商品棚を見上げたりして過ごす。やがて買い物かごの一番底にカードを忍ばせてから、私たちはそれぞれ別々のセルフレジにて会計を済ませた。

誕生日とクリスマス、それからバレンタインにはプレゼントを贈り合うという慣習を随分長いこと続けている。いつから始まったのかはもはや記憶にないが、両親からのプレゼントが途絶えた頃だったような気がする。クリスマスという素晴らしい日を味気ないものにさせたくない、という思いが私たちの中にあったようにも思う。親しみがあってこその行為だとは思うけれど、幼い私たちはあの日確かに協力関係を築いたのだった。

クリスマスが好きだ。正確にはクリスマスの街が好きだ。深い赤と緑、シックなゴールド。浮き足立った人々の気配。静かな煌めき。ひっそりとこちらへ、何かが確かに向かってくる感じ。だから私はこの時期のことが格別に好きだ。

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木曜日。急に思い立ち、髪を染めた。うかうかしているとあっという間に年を越してしまいそうだったから。クリスマスの時期だからとかなりしっかりめに赤を入れてみると、鮮やかなピンクブラウンに仕上がった。今年買ったものの中で、ワインレッドの革靴を心底気に入っている。サイズの小さなメンズデザインのもので、スマートでシンプルな佇まいに一目で惚れ込んだ。私にとっての革靴は『憧れ』そのもので、格好良ければ格好良いほど良い。この日も機嫌よく履いていた。まるでお揃いのようだと嬉しくなり、晴れ晴れとした平日の空の下を意気揚々と歩いていく。革靴の底がこつこつと鳴るたびに染めたばかりの髪が揺れるのがうれしい。今の私は人生の中でも随分と髪が長い方で、肩甲骨の下あたりまで伸びている。このくらいまで長さがあると髪を巻き易くて非常に勝手が良い。

川のすぐ側に飲食店を見つけ、少し遅い昼食を摂る。店に入るなりテラス席と店内、どちらになさいますかと問われた。少し悩んでから「店内の、窓際の席をお願いできますか」と聞き返せば、快く頷いてもらった。途中、観光者向けの船が渡るのを二度ほど見た。光の射し込むテラス席を眺めながらドリアを食べる。丸ごとトマト、と書かれていたそれが運ばれてきたとき、まさしく本当に『丸ごとトマト』だったので嬉しくなった。なんて鮮やかなのだろう。なんて面白いのだろう。よく伸びる濃厚なチーズがフレッシュなトマトによってくどくなりすぎず、するりと平らげてしまった。何料理を扱っているのかも知らずにふらりと訪れた店だったが素敵だった。また必ず訪れよう。幸いにも、行きつけの美容室のすぐ近くなのだから。


よく晴れた冬の日だった。川に掛かった橋を渡ったときの、光の射し込み具合が素敵だった。素敵だから写真に収めた。平日の昼間特有のゆったりとした静けさを私は愛している。仕事で日々駆けずり回っているからか、この頃特に自分の時間を取ってやりたいという気持ちが増えている。それは例えば、光の明るい平日の街をふらりと気ままに歩くことだとか、観たい映画をゆっくり観るだとか、読みたい本を読み耽るだとか、好きな器に食べものを盛り付けるだとか。大それたことはなくとも、そういう時間を撫でつけながら暮らしていきたい。どれだけ目まぐるしくともね、と師走を迎え撃ちながら思う。この頃ずっと、何かがうまくできないような気持ちでいる。何かがうまく動かないような心地でいる。(特定の誰かに対する行動でも心境でもない。かなり漠然とした、強いて言うならば群衆に対する私の眼差しの話である。誰に非があるわけでも、何かしらの出来事があったわけでもない。)これが歳を重ねるということなのかもしれない。どうかはわからない。単に疲れている、というか脳の容量が足りていないだけかもしれない。ともかく優しく在りたいね、と思う。できている自信が今はあまりない。或いは、優しくできている自信が無いのなら、せめて丁寧でありたい。そんなことをふと思う。うん、それならできるかも。