鯨を飲む

くうねるところ のむところ

香りと栗のケーキ

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先月の台風によって延期になった予定を堪能してきた。妹のショルダーバッグには私の私物が、私のかばんには妹のキーケースとICカードが入っている。なぜか互いに互いの荷物を預けている私たちは、いっそ暑いくらいに晴れた中を歩いてゆく。

調香師の方にカウンセリングをしながらオーダーメイドの香水を作って貰った私たちは、この上なくご機嫌になった。妹も私もひと嗅したのち「そう、このにおい!」と手を叩く勢いではしゃいでしまう。

私は誰かが表現した『何か』のことが堪らなくすきだ。その行為者たちのこともまた、すきだ。小説や漫画、あるいは絵、音楽に触れるたび、心が喜ぶのを感じる。だから「香り」によって「誰か」のことを表現、再現する姿を見ていると沸き立つものがあった。嗅いだこともないのに、私はその香りを嗅いで「ああ、これだ」としっくり馴染んでしまった。直接触れたり、はっきりと見えないものを こんなにも色づかせ、輪郭づけさせること。それはもう、存在を与えることに近い行為なのかもしれない。においは記憶そのものだと、私は思っている。

 

お茶の時間でカフェに入り、秋らしい栗のケーキを食べながら「いい休日ね」と笑い合う。店員さんがひと皿ずつソースやチョコレートで模様を描いていて、そのあまりの繊細さに息を飲む。なんだか色々と圧倒されっぱなしの1日だ。

腹ごなしも兼ねて港を歩きながら、香水をうなじにふりかける。ふわりと香る甘さに胸がときめいて、嬉しくなって端まで歩いた。出航したフェリーに群がるカモメを指さして、

「あんな風にカモメが船に集まるのは、別に誰かが餌をあげているわけじゃなくてね。船の影の下には魚が集まりやすいからそれを狙ってるんだって。いかだの下にサメが寄ってくるのとおんなじこと」

と話す妹の瞼はきらきらしている。音が鳴りそうなくらい輝いている海面を見ながら、甘い香りに潮風が混ざるのを感じていた。

 

帰った頃にはすっかり夜で、ふたりともへとへとになっていた。次は船に乗って島にでも行こうかなと話す私に「いいね。辛くなったときなんかに、すごく」と妹は言う。辛くなくたって行くよと答えながら、それは本当に素敵なアイデアだなということを考えていた。